日本では、超高齢化社会を迎え、それに伴い認知症患者が増え続けています。
認知症対策は、国を挙げて取り組むべき重要課題と思われますが、本年6月に開催された第60回日本老年医学会学術集会で群馬県大誠会内田病院の田中理事長から興味深い発表がありました。
田中先生によれば、レビー小体型認知症のある女性患者が、前医にパーキンソン病と診断され、ドパミンなどが処方されていました。
しかし、治療に反応しないことを理由に内田病院に転院してきました。
内田病院は診断に誤りがあると考え、症状コントロールを目的に処方されていた多くの薬剤を整理したところ、転院当初には患者は周囲からの呼びかけにも応じず、視線を医療スタッフに向けることはない、いわゆる無動状態でしたが、絶え間ない声かけとリハビリを繰り返すことによって、自分の意思を表明できるまでに回復したそうです。
続けて田中理事長は、アルツハイマー型認知症とレビー小体型認知症の混合型の男性患者のケースを紹介しました。
この患者は車いすに拘束されていましたが、大声を挙げるなどの行動・心理症状(BPSD)が顕著で近所トラブルも多く、入院と転院を繰り返していた患者さんとのことです。
その背景に薬剤性のせん妄が関係しているとみた内田病院では、薬を整理し、患者と目を合わせ、これから何をしようとしているかを事前に告げ、声かけやタッチングなどのコミュニケーションを続けました。すると、みるみるBPSDは減り、介護の負担も劇的に改善し、この患者は特別養護老人ホームを経て、帰宅できたとのことです。
このように、適切に薬を整理するだけで症状が改善する可能性も高いことを良く知っておくことも必要だと思います。
何でもかんでも薬を飲めば良いということではありません。
来年度、日本老年医学会総会の会長を務める東北大学の佐々木英忠名誉教授も、学術集会の講演の中で、「不適切な向精神薬や抗精神病薬が作り出す認知症がある」と指摘しています。「認知症であっても、前医が処方していた向精神薬や抗精神病薬、アルツハイマー病治療薬をやめるだけで、それまでイライラしていた患者が別人のようになる」という経験を重ね、認知症診療における薬物療法のあり方を疑問視するようになったといいます。
薬剤性のパーキンソン様症状は、私の父でも経験しています。
ごくごく一般的に胃薬としても使用されることがある比較的安全な薬と言われているお薬を服用していましたが、ある日気がつくと手が震えて、パーキンソン病特有の症状である振戦が見られたので、「もしかしたらパーキンソン病?」と思って、医師の甥っ子に診察してもらいました。
そうすると意外にも、この薬を止めた方がよいといわれ、そのとおりにしたところ、ピタッと振戦が止まったことを経験しています。
薬剤師でありながら、胃薬としても使われるくらいに比較的安全な薬で、長期にわたって使用されている薬ですので、まさかその薬の影響とは思ってもみなかったことです。
もし、この時に薬剤性パーキンソン様症状であることを見抜けなかったら、さらにパーキンソン病に対する薬が追加されることになる可能性も否定できません。
誤診やポリファーマシーによって認知症患者がさらに増加し、患者に顕著なBPSDが出現し、そのことで身体拘束が助長されているという構図による悪循環があるとすれば、それをどこかで断ち切ることが求められるように思います。